礼拝メモ

2009年11月1日   『羊は、その声を聞き分け・・・』
ヨハネ10:7〜15.27,28

はじめに

先日、ある羊飼いの写真をテレビで見ました。羊飼いが、群れの先頭に立 って歩いているその光景は、世界でもとても珍しいと解説されました。
一一一一
それを聞いて、キリストがご自分を、「良い牧者」と言っておられるこの箇所 の、「彼(牧者)は、自分の羊をみな引き出すと、その先頭に立って行きます。」
という聖句を思い出しました。映像の中の羊飼いは、声によって集めた羊た ちの先頭に立って群れを誘導していました。
それは大変難しいことなのだそうですが、そのようにして導かれ、羊飼いと共に歩くことは、実は羊にとっ て最良の方法であると語られていたことに嬉しく領きました。
イエス・キリストが御自身を「牧者、羊飼い」とおっしゃるとき、その羊は 私たちであることがたとえられています。今朝は、私たちの「良い羊飼いJの みことばに共に心を向けさせていただきたいと願っています。

【1】羊飼いの存在

*11節「わたしは良い牧者です」
9章で、主は生まれつきの盲人を癒され、その奇跡に関してパリサイ 人たちに、彼らの盲目状態(主による救いの道と、そのいのちの道を 進み続けるために必要な神様のことば、語りかけに目を開かれていな いこと)を教えられた。
そこで主は、なお続けて、彼らを含めるユダヤ人指導者たちのことを、 盗人・強盗とたとえながら話され、ご自身を「牧者」、その章に養われ る、主の所有となった者を手羊」と呼ばれた。
*私たちの牧者である方は、私たちを呼び、導くお方である。
4節「羊飼いは羊を呼び、羊は彼の声について行く」
27節「羊はわたしの声を聞き分け…彼らはわたしについてきます」
牧者と羊の間に、つながりが生まれていて、毎日の羊飼いの存在(そ の声や働き)を羊が体で感じ、味わいながら覚え認識していく。
そして羊は彼についていく、という関係。
*羊飼いは私たちを「知って」おられる。
14節「わたしはわたしのものを知っています。」
27節「わたしは彼らを知っています」
*羊飼いは私たちのことを「わたしのもの」と呼んで下さる。
14節「わたしのもの」、27節「わたしの羊」

【2】羊飼いの愛

良い羊飼いは、私たちのことを、どれくちい、愛して、知っていてくだ さるのだろうか。
*11節・15節 良い牧者は羊のために「いのちを捨てる」
これは、イコニスさまの十字架の死を指しておられることば。主はいの ちを投げ出して、購いのみ業(ご自身という代価を払って買い戻すこ と)を成し遂げてくださった。
*10節「羊がいのちを得、またそれを豊かに持つため」
28節に「彼らに永遠のいのちを与えます」
罪人で滅びるしかないと定められていた私たちを、救い出す道を開い て、私たちにいのちをくださった。

【3】羊飼いの声

最後に、羊についてはどのようにかかれているか。
*羊は羊飼とその声を知っている
3節「羊はその声を聞き分け」
4節「羊は、彼の声を知っている」
14節「わたしのものはわたしを知っている」
27節「わたしの羊はわたしの声を聞き分けます。」
*羊は羊飼いとその声について行く
4節「羊は、彼について行きます。」
27節「そして、彼らはわたしについてきます。」

おわりに

きょう、主は私たちひとりひとりに問いかけておられます。
この良い牧者である「わたしの存在」を「わたしの愛」は知っていますか?
そして、共に進み、守り、養い、導く「わたしの声」がわかりますか?と。
ひとりひとりへのこの問いかけは、同時に主からの招きです。この方に従っ て歩むことを決心する私たちに、主は、絶えることのない御同行をお約束く ださっています。 → マーガレット・F・パワーズの「あしあと」引用。
主の声を聞き分ける羊として、羊飼いである主と共に生きる喜びの中に、進 ませていただきましょう。