| 2009年10月18日 『主の声に聞き従う者に・・・』 |
| 創世記22章1〜19節 はじめに 今朝のメッセージの題は「主の声に聞き従う者に…」とした。 これは、「主の声に聞き従う者にならせていただきたい」また、 「主の声に聞き従う者に与えられる祝福」など、「…」に 続くいくつかのことが含まれている。 息子イサクを献納するようにとの「主からのテスト」 に、信仰をもって従ったアブラハムの姿から、神様が信仰者に与えてくださるテストにつ いて、そして、それを受ける私たちの在り方について知らせていただきたい。 〔1〕主からのテストの前提 *それは、主との関係である。 *この章は「これらの出来事ののち」という言葉で始まっている。 アブラハムの生涯についての記述は創世記12〜23章にある。 神様が彼を故郷から引き出されたとき、主は、彼に「子孫の祝福」と 「約束の地に導く」という約束を告げられた。 この約束は彼の生涯の様々な場面で更に明確にされてゆく。 21章で待望の息子イサクが与えられたことなどを含めた12章からの全てが 「これらの出来事ののち」という22:1にあるわけである。 主からのテストの前提の第−は、主の前に歩み、仰せに従い、 神様のほうを向いて歩き始めた経験をもっているということである。 *1節に彼が「はい。ここにおります。」と答えたことが記されている。 神様にいつでもそう言うことができるのは、その人が主と正しい関係にある ということを表わすのではないだろうか。 主からのテストの前提の第二は、自分の前には神様がおられ、いつでも その方の御声に従いたいという姿勢を持ち続けているということであろう。 〔2〕主からのテストの性質 *このテストの性質(内容)は、アブラハムにとって、大きな試練と いわなければならないものであった。 *神様はイサクを「全焼のいけにえ」として…つまり、 完全にささげるように命じられた。 アブラハムにとってイサクは大切な息子というだけでなく、 前述の通り「約束の実証」そのものであった。 *主からのテストの性質をなお深く知るためにアブラハムの応答(行動) の一つ一つを見つめよう。そこには一貫性がある。 彼が服従できた秘訣 →ヘブル11:17〜19 彼には、自分が全能の神が命じられたところへ向かっているという 納得があった。 *ある牧師の言葉・‥「神様が与えられるテストは、 合格させるためのテストです。」主は、私たちを深く知っていて くださるゆえに私たちにテストを与えられる。 試練の激しさに疑ったり、座りこんでしまいたくなる時にも、 アブラハムのように「主ご自身が」と言い、そのことに満足して立ち上がり 歩み続ける者でありたい。 〔3〕主からのテストの結果 *第一にそれは、その問題課題自体の解決。アブラハムの試練の場合は 「いけにえの羊」まず、主はそれを与えてくださり、道すがら、 また山の上で神様への更なる理解と愛を増させてくださる。 *また、アブラハムにそうであったように、御約束とご計画の成就を保証し、 契約を更新してくださる。 *主がモリヤの山で、またそこに至る道中で、待っておられたのは、 イサクのいのちではなく、「聞き従う信仰」であった。 主が示される道が苦難の道でも、主ご自身に信頼してそこを進むなら、 神様は私たちを造り変え、勝利を与えてくださる。 おわりに 今、私たちはどのようなところを通っているだろうか。神様から何を語られているだろ うか。その声にお従いして歩き始めることを、主は望んでおられる。 神様に心から信頼して開き従う者に、主は備えと最善のご計画をもって御自身をあらわ してくださる。 主から、「あなたはわたしの声に聞き従ったから・‥」と言っていただける者となりたい。 忍耐と信仰をもって聞き従い、アドナイ・イルエの神様を体験させていただきたい。 |