| 2009年9月27日 『信仰の創始者・完成者、主イエスを凝視しながら』 |
| ヘブル書7章24〜25節、12章1〜2節 はじめに ◎今年もあと3カ月になって⇒月報原稿参照 ◎第5回日本伝道会議を終えて/日本プロテスタント150周年記念の年 ◎この連講=「聖化」を2回取り上げる 《聖化全体像の把握》⇒メモ参照(次回も) ・第1回は、「救い/聖会」の全体像(広義の救い・聖化)に注目する ・特に、基礎・土台となる「救い・初時的聖化」の重要さを再確認 ≪聖書箇所による締め括り≫ ◎主イエスキリストと十字架による、全的な救いを強調する へブル書に焦点を。 I 新約の福音・主の十字架による救い− A. 新約の福音=主が全ての要素を、にとり自ら果たされた −10:19〜21 =捧げられる犠牲・捧げる祭司 B. 十字架による救いの道 U 12:1〜2から A. キリストは、信仰の創始者/導き手 B. キリストは、信仰の完成者 V 7:24〜25から A. キリストは− 永遠の大祭司=7:26以下/A天上での執り成し手 B. 全く救うことが、お出来になる救い主=25節 おわりに ◎すばらしい救いの御業を、「この私」にしてくださった恵みを 覚えよう。 ◎それゆえ、この経験にしっかり立とう/信仰の深み、特に聖化を 目指して進もう 中途放棄の厳粛さを覚えよう 2:3 聖化=きよめについて メモ T 聖化・ぎよめとは? A.主の救いの全計画の中で @主は、罪人である全人類のため、十字架の福音による救いを 備えられた。 聖書で『救い』は= ・広義では<主の救いの全的ご計画・究極の救い>/ ・狭義では<新生・入信>を指す。 ・その「救い」の働きの中で、<聖化>は、主の御業の 中心的なものである。 A聖化の御業(1)=<広義> 主が人々を聖めてくださる 全的な働きを示す。 i)初期的聖化−聖めの始まり/最初の救いの時から、 聖めの御業は始まっている A)転機的聖化−全き聖めの区切りの卸業/前後に成長の 期間はあるが、主への全面的明け渡しにより、自己が中心の 罪性からの聖めの転機・区切りを経験する。 B)漸進的聖化−聖めの継続・成長/主の御像に向けての漸進・聖霊の 豊かな結実へ C)究極的聖化−栄化の恵み/地上の生涯から永遠の生命に進む B聖化の卸業(2)=<狭義> 聖化の全体の恵みの中で、新生・救いの 後の経験として、上記の A)の転機とB)の漸進の双方の経験/焦点を絞ってA)の転機の 経験のみを指す場合がある。 B.様々な名称・呼び名とその意味 @キリスト者とされた後の、この豊かな経験は、多くの名称で呼ばれる。 その代表的例として= 聖化・聖め・ホーリネス・聖潔・全き愛・聖霊のバブテスマ ・キリストの(全的〉内住・第2の 恵み・キリスト者の完全・勝利者以上の生涯・より高い生涯・ より深い生涯 などなど A教理的整理・神学的理解の違う、ホーリネス系以外の多くの聖徒も、 類似した深い恵みを証ししている。名称の多様さは、こうしたことも 示していると言える。 C.定義的なまとめとして− @十字架により罪が赦されて、キリスト者生活が始まるが、 その後に、こうした数々の罪(sins=複数)を産む「罪の原理・罪性(sin) 全面的にキリスト中心になりきっていない、自己中心なあり方が 十字架につけられ、キリスト中心・聖霊の満たしの歩みが、開始される。 Aその後も、人間性・肉体という枠をもって生きるキリスト者として、 絶えず十字架の恵みと聖霊の働きのもとで、歩み続け、成長し続ける。 B狭義の聖化経験というとき、<転機面>と<成長面>の両面・ 不可分の関係の強調が大切 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 ※※以下は、大変大切な項目であるが、今回残念ながら、省略する− U 聖化と聖書=上記の聖化の教えは「聖書の教え」であることが、 最重要な土台 V 聖化と良書 W 聖化に関連する勧告一奨励 |