| 2009年8月2日 『強烈な渇き、豊かないやし』 |
| ヨハネ4章3〜19節,7章37・38節 ・・はじめに・・ ◎歓迎:毎月第1日曜の礼拝は伝道礼拝−通常の礼拝の形を持ち ながら、新しい方々、求道中の方々のためのプログラムも、盛り こんだ集い.継続来会をお待ちする。 ◎聖書の大切なテーマの一つに「心の渇きといやし」がある。 8月に相応しい主題なので、新約聖書ヨハネ4章の実話をもとに、 この課題に心を向ける。(※先週礼拝と同じ箇所を別角度から) イエス・キリストの二つの聖句に注目を。 「この水を飲む者は、だれでも、また渇きます。しかし、わたしが 与える水を飲む者は、だれでも決して渇くことがありません。」 「だれでも、渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。」 (ヨハネ4:13,14,7:37) I.この聖書の記事の教訓 A.背景:ユダヤ(人)とサマリヤ(人)との冷たい関係一歴史的・ 民族的理由から B.出来事: ( )内は節を示す @キリストからのきっかけ…不思議・意外な事(7)(9) A展開その1−依頼者が依頼の招きを(10〜12) B展開その2一好奇心から深い求めへ(13〜15) C焦点一鋭く、暖かい指摘(16〜19) 〔付〕その後の展開(20〜26)(28〜30)(39〜42) C.意義・教訓を考える @「この水」を飲んでいたこの女性の生活ぶり ◎表面的な満足の追求−欲が満たされることと不満足(渇き) ◎(ある時は自分が意識しなくても)−心中にある深い渇き A「いのちの水」を飲むために ◎(最初は好奇心からでも)熱心な求め ◎その求めている自分自身の実体を認めること ◎救い主との出会い 心から礼拝できる対象者を経験的に知る喜び U.現代の私たちへの諮りかけ A.現代の一般的な渇きといやし @「渇き」をr欠け」と解すると、現代は、ストレスがあらゆる階層に あり、多様な渇きがある Aそのいやしや滞たしの道・方法は多種多様である Bそのほとんどが、表面的・気分的・物質的といったもの 永遠的かつ深いものがどのくらいあるだろうか B.心の渇きとそのいやし @心の渇きを深く知る・経験するb ◎人生で何かのきっかけで心中、心の奥底にある渇きに気付く ことがある ◎とりわけ自分の醜さ、空しさや孤独を実感すること、あるいは 逆に清さや愛への強い渇きを持つこと−これは、何にも比し がたい貴重な経験→Aに Aいやしの経験 ◎@の強烈な渇きの経験は、「真実な求め」に通じ、「豊かないやし」に至る ◎ヨハネ4:13:14,7:37・38に注目しよう。 (参)詩篇32:3〜5 心底からの告白・信仰こそが、いやし・満たしの体験の道 【おわりに】 ◎生活の中で、身体的な渇きの経験はだれも持っている。 ◎しかしこの「心の渇き」を知ることは、大発見であり、「いやし」への道、 上記の聖句の「だれでも」に注目しよう。 「人は神によって創造られたものなので、その魂が神のふところに憩うまでは、平安はない」 聖アウグスチヌス |