| 2009年5月31日 『約束の聖霊をお注ぎになったのです』 |
| 使徒の働き2章1〜4、14〜21、32・33節 ・・はじめに・・ ◎聖霊は、第三位の御方でありながら、重視されない傾向がある (聖霊をめぐる二つのエピソード)=「使徒信条」・「聖霊の英訳」 クリスマス・イースターに比し、ペンテコステは注目されない ◎五旬節士ペンテコステー旧約から新約へ 旧約の大切な節季である五旬節に、約束されていた聖霊の降臨 が成就した。それは主の復活から50日目にあたっていた。 ・これにより救いの歴史においては「聖霊の時代」が始まり、 ・弟子たちが「聖霊の満たし」に与り、内的=霊的・外的=証人 の両方で、変化・新しい経験をした。 ・多数の回心者が与えられて、「最初の教会」が誕生した ◎今朝、ペンテコステの出来事を確認し、その同じ御業を主は、 私たちにもなしてくださるとの恵みのチャレンジに心を向ける 【1】『だれ』の『どんな状況』において起きたか? A.主の弟子に対して @時期的には、絶対的な師の主イエスが、地上を去られた中で A状況的こは、極限的な(惨めな過去の)失敗・後悔と (これから)に対する不安の直中で B.主のなされた約束、その弟子たちに対し(1:3〜8) @天の父が、聖霊のバブテスマ経験を与えてくださる それは、上からの力である。 Aそれは、このような弟子たちへの主の顧みの表れであり、 またこの弟子たちには、どうしても必要なことであった C.弟子たちに祈りと待望と整備を求められた=(1:12〜26) 彼らは屋上の間に集まり、祈りと心備えに専念した=その間 に起きたことは、12弟子の補充・(脱落者の発生もか?) 私たちにとっての恵みのメッセージとチャレンジである ・どんな器(乏しい、弱い、失敗者)に対しても、与えられた 約束であり、なされる御業である ・何が必要か−◎徹底した絶望感と切実な求め/◎待望と 心備え、罪の告白・なすべき処理っ心の整理 ただし待望に ついては【時間的】には当時と異なり、【霊的】には現在も同じ 【2】『何が起きたのか』=約束の聖霊の降臨があった 旧約の時代にも、聖霊の働きは多くあったが、それ は、限定された時に、特定の人と、その働きのため それゆえ、必ずしも霊的なものではない。 A.それは約束の成就であった (1)(32〜32) @弟子に対して、五旬節という歴史的意義のある日に成就 A主のご誠実の表れであり、弟子たちへの愛と期待の表れ 終末時代、万人への約束であることを覚えよう(17〜18) 歴史的に、多くの神の子・器の経験であることも覚えよう B.それは【個別的・集団的】な【具体的な御業】だった(1〜4) @・みなが一つ所に集まり、家全体に、みなが満たされ ・ひとりひとりの上に、それぞれの国のことばで A・風が吹いて来るような響き、響き渡る ・灸のような、分かれた舌が Bそして「聖霊に満たされ」「御塵が話させてくださるとおり に語り始めた(4〉 C.その内実 @・聖霊の満たし 各人と集団全体の双方 ・風に象徴されること=神の息・息吹/神の力 ・炎に象徴されること=焼きつくす清い火/心を燃やす A・=内的=潔め、聖化の御業、品性・聖霊の結ぶ実への歩み ・=外的=力の満たし−キリストの証人に相応しく行動し、 語り証しする器とするために どんな小さな器にも個別的に、小さなグループにも集団的に 今も、主は働かれる、私にも、私たちにも。 豊かな、内的・外的な恵みをもたらす聖霊の御業が、私にも なされる。言い換えると、聖霊との豊かな関わりに乏しい信 仰者は、乏しい信仰生活を送ることになる。 おわりに ◎私の信仰生活を点検しよう、光をあてていただこう−なぜ、 「いまひとつの信仰」なのだろうか。 ・自らの過去の信仰の歩みのゆえに失望してはいないだろうか。 ・過去の失敗を引き摺っていないだろうか。 ・より優れた器と比較し、霊的コンプレックスに陥っていないか。 ・願っているのに、社会・職場・学校・家庭で、良き証人になれ ないのは、なぜだろうか。 ・一方で、こうした転機的経験を、あまりに高く思い過ぎて、 この経験で、自分自身のすべてが、劇和こ、一足飛びに変更到達 点に行くと考える極端な思いをも、健全に排そう。 ◎・弟子たちは、また多くの神の子は、この経験に与り、信仰を 深められ、勝利の生活に入った。 ・今も、砕かれ、認め、切実に求め、最後に信仰で立ち上がる 者に、主は同じ卸業をなしてくださる 米国大監督の霊的経験の証詞(ルカ11:13) |