| 2009年1月18日 御霊による勝利 |
| ガラテヤ5章16〜25節 ・・はじめに・・ 5章前半から、クリスチャンの自由には、対他関係における自由と、対自関係における自 由があることを知る。対他関係における自由は13節からで、愛による自由の行使が述べら れている。ここでパウロは自由の価値を教えている。自由とは、私たちを束縛するもの(律 法、罪の奴隷、肉)からの自由である。さらにパウロは、人間が生まれながらにして持って いる肉が御霊と対立することを教えている。そしてローマ8章では、「いのちの御霊の原理」 と「罪と死の原理」、「御霊に従う者」と「肉に従う者」の相違を語っている。 【1】 御霊による自由 パウロは、「主は御霊です。そして、主の御霊のあるところには、自由があります。」(U コリント3:17)と述べている。それはまた、彼自身が体験したことであった。彼は、律 法を行なうとしていた時には律法を完全に行なうことができず、結局は罪の奴隷に過ぎなか った。しかしイエス様によって罪から解放され、真の自由が与えられた。もちろん、彼は律 法を悪であるとは言っていない。むしろ律法は聖・義・善であって、いのちを与えるもので あると言っている。律法は御霊によって全うされ、いのちを与えられることで、栄光の働き をする。このような正しい理解は、キリスト者の自由を確立するために不可欠である。そこ に、御恵の歩みがある。 【2】 御霊による従順 肉の原理は自一己中心・人間中心の立場を貫くものであり、御霊の原理は神中心・キリスト 中心の立場を貫くものである。この両者の間には深刻な対立と争いがあり、クリスチャン生 活において激しい内的戦いを引き起こす。しかもこの内的戦いは、キリスト者としての信仰 が進めば進むほど、いっそう敏感に体験される。 パウロは、御霊に逆らう肉の欲望とはどんな罪かを、19〜21節に列挙している。ライ トフットは、15の罪の目録を4種、@性的な罪(3つ)、A異教的な罪(2つ)、B兄弟愛 を破る罪(8つ)、C不節制の罪(2つ)に分類した。これらの内在する罪は、御霊によっ てきよめられる。御霊は人格を持っておられる。御霊は主の御霊、キリストの御霊である。 そのお方を受け入れ、そのお方の人格すべてに支配される。つまり、私たちの全人格(知性、 感情、意志)が御霊の力の支配下、影響下に置かれるようになる。すると、御霊による従順 は、具体的には6章1〜5節のように現わされる。ここでパウロは、御霊による助け合いの 方法を述べている。 【3】 御霊による結実 御霊による自由を経験した、御霊による従順な生活は、御霊の実を結ぶに至る。22、2 3節に述べられている9つの品徳はすべて、御霊によって導かれる信仰者の内胤こ新たに造 り変えられ、新しい動機となる。そして、これらの9つの徳目が1つの御霊の実として結ば れるところで、キリストのからだである教会が成長していく。そこに御霊の一致が、実際的 に生きてくる。アーメン。 そしてパウロはしめくくりとして、御霊の実こそ、律法を完成すると述べている。 <結び>御霊の結実という「御霊による勝利」の条件 @ キリストが十字架で死なれた時、私の肉もキリストとともに死んだことを、信仰によっ て受け入れる。 A 御霊によって新生したのだから、26節の罪に陥らないように、御霊に従ってまっすぐ に歩む。 |