| 2008年12月28日 慰めよ。慰めよ。主を待ち望む者 |
| イザヤ40章1〜8、27〜31節 ・・はじめに・・ 創世記11章にバベルの塔の記述がある。人々は£ャと塔を建て、その塔の頂を天に届か せ、名をあげて、全地に散ることのないようにしよう=@と言った。それは神の御心に反した 不従順の行動、また高慢で野心的な行動であった。すなわち、天は神の玉座であるゆえに、 この行動は神に対抗した挑戦であり、神のようになろうとのサタン的野心の現われだった。 神は彼らの高慢にして強気な心を見られ、神の権威をもって非常手段を取られた。すなわ ち、言葉の混乱と人々の離散であった。 近年、もっぱら石油大国として膨大な利益を上げていた中近東のとある小国が、街には何 十階建てもの高層ビルを建ち並べ、最高額の物品をそろえて、世界の大富豪たちを集めてい た。しかし、100年に1度といわれるこの度の未曾有の世界同時不況で、すでに街は閑散 としているという報道がされていた。私は、何か一瞬にして立ち行かなくなったバベル(混 乱)の塔を見る思いがして、また、「あなたがたは、地上のものを思わず、天にあるものを 思いなさい。」(コロサイ3:2)の御言葉が心に留まった。 バベルの塔のような、人の心の混乱、人の生涯の混乱、社会の混乱、この世の様々な混乱 を平和に統治できるのは、裏の平和の王であられるキリストのみである。私たちは、聖霊に あってキリストを心中に宿し、平和の心を支配し続けよう。 【1】 慰めよ。慰めよ.(1〜5節) イザヤは、バビロン捕囚からのユダヤ民族の解放を宣言する。この掃囚が起きたのは、「罪 を犯す国、とが重き民、悪を行なう者どもの子孫、堕落した子ら。彼らは主を捨て、イスラ エルの豊なる方を侮り、背を向けて離れ去った。」(イザヤ1:4)ためであった。今、70 年もの間続いた捕因が終了する。そして彼らは、2倍の祝福を神から授かる。 さらに、この捕囚からの回復を述べた箇所は、私たちを罪の力・サタンの力より解放する 霊的なキリストによる救いの預言でもある.1つには、洗礼ヨハネの預言である(3節)。 そして2つには、メシャの来臨の預言である(5節)。 のちにイエス様は、このイザヤ40章3〜4節を引用された(ルカ3:4〜6)。理由は、 「罪が赦されるための悔い改めに基づくバブテスマ」(ルカ3:2〜3)を洗礼ヨハネが説 教していたからである.彼は激しい気迫をもって、神の御怒りを説き、悔い改めにふさわし い実を結ぶべきことを人々にうながしていた。 【2】 信仰者は新しい力(27〜31節) 人間は被造物であるから、どんなに若くても疲れ、たゆみ(倦怠や物事がいやになる)、 つまずき倒れるものである。それと比較して、永遠の神、創造者なる神は、疲れることもな く、たゆむこともない.神は、英知、聡明であることに関しては測り知れないお方である。 この方こそが、被造物である人間の力、勢力の源泉である。 また、全能の神のくださる力は、鷲が翼を広げて、高く、遠く、天に向かって飛ぶように、 神の御座のそばに飛翔する力、倦怠もなく、徒歩も疾走もできる力である。31節の、上る、 走る、歩くという順序がおもしろい。霊の世界では、霊の力をいただく方法が、上から(創 造者、供給者、回復者)来る方を待望することにかかっている。私たちキリスト者はこの力 の源泉を持っているから、同じ仕事を何年でも、独創的な新鮮さをもって、どんな立場、働 きにおいてもじっくりと責任を果たすことができるのである。 <結び> @ 人に慰めのメッセージを伝える者となろう。 A 主を待ち望むことの秘訣を会得しよう。 |