礼拝メモ

2008年12月21日   天使とシメオンの賛歌
ルカ2章8〜14節、25〜35節

・・はじめに・・
愛兄姉方は、アドベント霊想において、どのような恵みを受けられたのだろうか。私にと ってはクリスマスの神秘、不思議な誕生に思いをめぐらす機会となった。イエス様の誕生は ベツレヘムの馬小屋で、誕生の知らせは御使いによって羊飼いたちに伝えられた。
【1】 御使いおよび天の軍勢の賛美(8〜14節)
御使いは、日に焼けた羊飼いたちにイエス様の誕生を告知する。この告知の場面が10〜 12節に措かれている。生まれた幼子こそ、神のひとり子、福音である。しかもこの福音は、 羊飼いたちだけではなく、イスラエル全体に与えられる神の恵みである。そして御使いは、 出来事としての誕生を告げるだけではなく、神の啓示をも告げる。実にこれは、歴史の転換 点である。なぜなら、それまで天におられた救い主が、ついに地上に来られたのだから。 ご一緒に10節を拝読しよう。その内容は、
@人間を罪から救い、罪をいやす救い主の誕生!
A救い主は王、預言者、祭司としての油注ぎを受けて職務をまっとうするキリスト!
である。アーメン。キリストは、ともし火が光り輝く豪華な王宮で、宝石か何かがちりばめ られたゆりかごに眠るみどり子としてではなく、臭気の漂う馬小屋の飼葉おけの中で布にく るまった、貧しさと卑しさのどん底の状態のみどり子として誕生された。
私たちは、謙遜と驚異と賛美の念をこめて、「言葉が肉となった」(受肉降誕)というクリ スマスを賛嘆する。まことにクリスマスの奥義!この時!神の御使いたちは、神には栄光、 地上に平和を=@と賛美した.主キリストの降誕の目的は、天と地と人の祝福にある。その祝 福は、特に、御心にかなう人々に平和があるようにというものである。そしてその平和は、 今も主キリストを信じる者たち個々の内に成就されるものである。
人間が最も救いを必要とする時に、「時満ちて」御子の姿をもって飼葉おけにふし、そして その方が成長され、人間の罪の身代わりとして十字架に死なれる。神のご計画は、人間の考 えるものとはまったく異なる。イエス様は、聖なる神と罪なる人間との間にできた、罪のゆ えにできた割れ目に、十字架という平和の橋をかけてくださった。アーメン。まさに「キリ ストこそ私たちの平和であり、…敵意を廃棄された方です。」(エペソ2:14〜15)
【2】 シメオンの賛美(25〜35節)
イエス様は、老人シメオンに非常に強烈な印象を与えている。彼は生涯を通じて、創造主 である神を信じ、礼拝を続けてきた。彼は正しく信仰深い人で、聖霊が宿っている人だった。 彼は「救い主に会うまでは死なない」という聖霊の告知を受けていたゆえに、救い主に会え るという希望がまさに彼の生きる力だった。
私たちは死ぬ前に何を望むだろうか。ご一緒に29〜32節を拝読しよう。シメオンが幼 子のイエス様を抱きしめて「安らかに去らせてくださいます」と言った言葉に、私は最も厳粛 さを感じる。人間の一生を思い浮かべていただきたい。−一般的に、すでに多くのものを失い、 ”人生の冬”といえる老年期に入ると、信仰の有無に関わらず、体力的・生理的な理由から、 不安で憂鬱な感情に襲われる。しかし、シメオンは救い主を見、降誕の目的が同胞の救いだ けでなく、全世界の救いであることを知った。こうした主イエスとの出会いは、彼にとって 喜ばしいことであったが、同時に、今後御子イエスを信じ従う者たちには困難な戦いがある ことも彼は語った。
<結び>
@ 主キリストの福音は、全世界の人々に注がれている。
A 主キリストの福音は、十字架を通して働く。
B "人生の冬"であっても、主キリストに出会うことは、最高に素晴らしい。