礼拝メモ

2008年12月14日   ザカリヤの賛歌(ベネディクトゥス)
ルカ1章67〜80節

・・はじめに・・
ザカリヤ夫妻は神の前に正しく歩み、神の戒めと定めを守り続けてきた(6節)。神殿で 奉仕をしていたザカリヤは、御使いから「あなたの妻エリザベツは男の子を産みます。名を ヨハネとつけなさい。」と言われた。だが彼は、妻が年を取り不妊であったゆえに、子を産 むという神の語りかけに対して、その真意がわからず、不信仰をもって応答した(18節)。 その結果彼は、人々に合図を送るだけの、口のきけない状態になった(22節)。その後、 妻エリザベツは身ごもり臨月を迎え、男の子を産んだ。そしてその子の命名式の時に、ハプ ニングが起きた(59〜63節)。その際ザカリヤは、書き板に「彼の名はヨハネ」と記し た。すると、とたんに口がきけるようになり、神を賛美した。この沈黙の期間中、彼は、神 の言葉・行為を見つめていたことだろう.しかしながら私たちは、見て信じる信仰から、見 ずに信じる信仰へと成長したい。
さてザカリヤは、いまや神にすべてを委ね、聖霊に満たされて預言した。ザカリヤの賛歌 の特色は以下の2つである。
【1】 購いの備えに対する神への賛美(68〜75節)
@ メシヤの来臨による救い(68〜73節)
神は新しい方法で歴史の中に突入しようとしておられた.その方法とは、周辺民族より迫 害を受け続けた民をかえりみて贖い、救い、敵から守ることであった。そしてその最終方法 が、手救いの角」を立てることであった。「角」は、力を表わす象徴的な言葉として用いられ る。ダビデの家に約束されていた神の贖いの一切の力は、メシヤ、すなわち贖い主に集約さ れる。 アーメン。
このメシや来臨の救いが、はるか昔エジプトに隷属し、その後も迫害され続けて来たユダ ヤの民を、今のにローマの鎖から救う。そしてこの救いは、聖なる預言者たちを通した、また、 アブラハムに誓われた聖なる契約・永遠の契約(詩篇105:8〜15)の成就でもあった。
A 敵なる罪からの大いなる救い(74〜75節)
救いの恩寵は、一生涯のものである。その内容は、神の前の心の聖さと、人の前の正しい 生活である。しかも、何の恐れもなく、一生涯聖い神の前を歩み続けることが許される。
【2】 幼子ヨハネの奉仕に対する賛美(76〜80節)
洗礼ヨハネは、メシヤの先駆者としての役割を預言された。つまりザカリヤは、自分の息 子を通して神を賛美したのである。それでは、洗礼ヨハネの奉仕とは何だろうか。
(1)主イエスの先駆者としての奉仕(76節)
イエス・キリストの道を備えることである。自分の弟子たちがイエス・キリストの弟子と なることも含む(ヨハネ1:29〜37)。
(2)救いの知識を与える奉仕(77節)
人々は、主イエスが現われるまで神がどんなお方か知らなかった.なぜなら、「ユダヤ人 はしるしを要求し、ギリシャ人は知恵を追求」(Iコリント1:22)するからである。
(3)平和の道に導くための奉仕(79節)
罪深い人間が、罪から救われて、真の平和を頂戴する。その平和の中心は、イエス・キリ ストである(イザヤ9:1〜7)。
(4)洗礼ヨハネの準備(80節)
ヨハネの肉体的、精神的、霊的成長は、荒野において大きなものとなった。
<結び>
@ 私たちの日常の信仰生活の中に、神の声は響く。
A 私たちは、神の言葉・行為の成り行きを注視しなければならない。