礼拝メモ

2008年 7月27日   完全な救いに関する神の奥義
ローマ書11章25〜36節
…はじめに・‥
野生のオリーブの枝(異邦人)とオリーブの根(イスラエル民族)の関係を通して、枝で ある異邦人クリスチャンは、根であるイスラエル民族の神的祝福の土台の上に、主によって 霊的祝福を受けているのだ。だから、現在神の祝福にあずかっている異邦人クリスチャンが、 不信仰のゆえに神に退けられたイスラエル民族に対して、誇ったり、高ぶってはならない。
【1】 神の奥義である救いの御計画(25〜27節)
パウロは、奥義という言葉を、どのような意味で用いているのだろうか。まずは奥義にち なんだ聖句を見ていこう。
@「この奥義を知っていていただきたい。」(ローマ11:25)。かつては充分に現されて いなかったが、今は現されている救いに関する真理である。救いは今、すでに啓示されて いる(エペソ3:5、コロサイ1:26)。
A「確かに偉大なのはこの敬虔の奥義です。」(Iテモテ3:16)。ここで言われているこ とは、キリストの受肉である。
B「隠された奥義としての神の知恵」(Iコリント2:7)。ここで言われているのは、私た ちが語っている神の福音についてである。
C「その奥義とは、福音により、キリスト・イエスにあって、異邦人もまた共同の相続者と なり、ともに1つのからだに…ともに約束にあずかる…」(エペソ3:3〜6)。ここで言 われているのは、イスラエル人と異邦人とが1つになって、ともに神の国の祝福にあずか るという事実である。
D「この奥義とは、あなたがたの中におられるキリスト、栄光の望みのことです。」(コロサ イ1:27)。ここで言われていることは、キリストの内住である。
パウロは奥義を2つの意味で用いている。1つは、異邦人の救いの意味で。それは「異邦 人の完成のなる時」まで、救われるべき数が満ちることを指す。もう1つは、イスラエル民 族の救いの意味である。異邦人の中から救われるべき者の数が満ちると、イスラエル人は民 族ぐるみで、キリストを救い主として信じるようになる。なぜか?「救う者がシオンから出 て…」とあるように、救う者はヤコブから不信仰を追い払い、主への違反行為の罪を除き去 る。これこそが彼らに与えられた、神の新しい契約だからである(エレミヤ31:33)。
【2】 変わらない神の賜物と召命(28〜32節)
@「神の賜物」とは、9章4節にあげられている契約、約束などである。神は、一時的なも のとして、これらの契約や約束を与えられたのでは決してなかった。
A「神の召命」とは、アプラハムを召されたことである。それ以来、イスラエルの民はさま ざまな出来事を経験してきた(モ}セ、バビロン捕囚など)。
神は、みこころに従って召された民族に与えられた祝福を、心変わりによって取り消すこと など決してない。その祝福は、救済史的に展開していくのである。
「神の不従順」とは、神に対する罪である。
【3】 神の探い知恵に対する賛美(33〜36節)
@神の深い知恵と知識の豊かさは、人をさばき、導き、教え、救う。それは計りがたい!
Aこの世のすべてのことは、神が起源であり、神が行為者である。神は、初めから終わり まで、摂理の導き手である。棟い主によるイスラエルの救い及び異邦人の救いは、神の 御計画の中にある。
<結び>
@神の奥義をもっと知ろう。
A神の賜物と召命は不変である。