| 2011年10月9日 『恵みの みことばに』 |
| 使徒の働き20章17〜38節 主イエスの福音を伝えた人々(17) はじめに パウロはトロアスから、いくつかの寄港地を経由してミレトに着きました。 ミレトはエペソに近い町でした。パウロは、五旬節の日にはエルサレムに着いていなければと考えたので、エペソに自分で立ち寄ることはせず、使いをやって長老たちを呼び寄せました。 これは別れを告げる再会でした。 今朝は、パウロが彼らに語った訣別説教とも言える話の中に浮き彫りにされている、彼の伝道者・牧会者としての心を見つめながら、みことばに生きる幸いについて知らせていただきたいと願っています。 〔1〕みことばの宣証 この説教は、クリスチャン、特に教会指導者たちのためのもので、パウロが信仰者たちに対してした説教の唯一の記録の箇所。 それは、彼がこれからの道筋をはっきりと見通し、また過去の奉仕を頷きつつ顧み、別れてゆく彼らへの指針を与えた説教だった。 これからのことを知りつつ、過去を振り返って語るパウロには自分の奉仕に対する強い確信があった。 そこには、彼の伝道に対する姿勢が示されている。 19〜21節、この「私は…主に仕えました」という基本姿勢をもって、パウロは、「人々の前でも、家々でも」とあるように様々な場所で、また、18節にあるように、昼夜を問わず、主に仕えて伝道をした。そしてその相手は、「ユダヤ人にもギリシャ人にも」だった。 その心と態度は、「謙遜の限りを尽くし、涙をもって」、そしてそれは「数々の試練の中で」と語られている。さらに、彼が命がけで主に仕えていることが表現されている。 22,23節、エルサレムに上る途中にあるパウロにわかっていたのは、投獄と患難が待ち受けているということだった。 24節、このような時にに至っても、パウロにとっての最大の関心事は、「神の恵みの福音をあかしする任務」だった。 彼がいのちをかけた、「神の恵みの福音をあかしする」ということは、「神さまに対する悔い改め」、「私たちの主イエスに対する信仰」(21節)を示し、「御国を宣べ伝えて」(25節)いくことだった。 そして、人々に「神のご計画の全体を」(27節)、すなわちみことばに表わされた神さまのみこころをまっすぐに伝えることだった。 〔2〕みことばへの信頼 28節に「神の教会」とある。教会は、神さまに属するもの、神さまの所有のものであるということ。 その理由は、神さまが教会を「ご自身の血をもって買い取られた」から。 その大切な教会のために聖霊があなたがたをお立てになった、とパウロはエペソの長老たちに話しておきたかった。なぜなら29,30節にあるような危険が起こり来ることを彼は知っていたから。 32節、そして、パウロはそのような教会を、彼らを、「神とその恵みのみことばに委ねます」と言った。 パウロが信頼して、愛する人々を委ねたのは「みことば」の力だった。 それは、人々を「育成する」力で、彼らが、キリストのからだとして建て合わされるという意味。 また、みことばは聖徒たちに神の御国と永遠のいのちを受け継がせることができる。 みことばは、それを知り従おうとする私たちを、日々支え、導き、矯正する力となると彼は保証している。 彼はみことばを「恵みのみことば」と理解していた。 みことばが私たちへ恵みをもたらし、恵みをもって私たちを導くということをうなずき進む者でありたい。 彼は、このみことばへの信頼に自ら立ち、生きていたので、教会に多くの苦難が降りかかってくると予測される中でも、「委ねます」ということができた。 ここに彼の絶対的なみことばへの信頼を見ることができる。 パウロが彼らのことをみことばに委ねることができたのは、最初に見たように、自分がしっかりと彼らにみことばを語ったという確信をもっていたからだろう。 私たちも、真実に主に仕えて生きるならば、主と主のみことばへの信頼によって、どのようなところも勇気と確信をもって進んでいくことができる。 〔3〕みことばに生きる道 このような意味で、愛する人々と教会をみことばにゆだねたパウロは、彼らに、みことばに生きる道を勧めている。 28節、まず「自分自身」と書いてあるように、自分が常にみことばに教えられ、恵みに養われる道を歩み、あらゆる危険や誤りから守られるように祈り深くいるように。ということが語られていまる。 また35節、「労苦して弱い者を助ける」ということも勧めた。 このように、パウロは彼らに勤勉に奉仕することを勧め、そのためにイエスさまのみことばを思い出すべきであることを教えている。 私たちの生活の基準がみことばであるように、ということが勧められている。 これらのことを語ったあと、パウロは彼らとともに祈り、涙のうちにお別れをした。 「なわめと苦しみ」が待ち受けるところに向かおうとしていたこのパウロもまた、イエスさまのみことばに従いそのおことばを思いつつ生きる道として、この出発を選び取り、新しい伝道の場所へと進んで行ったわけである。 おわりに 今朝、エペソの長老たちへのパウロの訣別説教と、彼自身が語ったとおりに進んで行く姿を通して、神さまは私たちに、みことばに委ねて生きる幸いを示していてくださいます。 恵みのみことばに信頼し、従う者は、さらに主と主のことばの力強い愛と恵みを知っていくことでしょう。この週も、みことばに生きる者であらせていただきましょう。 |