| 2008年 4月13日 死に至るまで忠実でありなさい |
| ヨハネの黙示録2章8〜11節 …はじめに‥・ 7つの教会の2番目・スミルナ教会について学びたい。この教会は、エペソ教会の北 の、通商の盛んな港町にあった.神様からのお褒めをあずかったこの教会のあり方を学 ぶことは、大切である。教会とは、クリスチャン1人1人の信仰によって成り立ってい るので、この教会について言われていることは、神様が私たち1人1人に対して持って おられるみこころとして受けとめ、取り組んでいこう。 【1】 復活されたイエス(8節) イエス様は「始めであり、終わりである」とご自身を紹介された。それは、全宇宙の 始めであり終わりであるということで、実に素晴らしいことである。永遠から永遠なる お方が、有限の時間と空間の中にいる人間の世界に入って来てくださった。それがイエ ス・キリストであられる。イエス様は私たちと同じように人生の苦しみを受け、最終的 には、私たちと同じように肉体の死すらも体験してくださった。私たちは死に囲まれた らそこで終わりであるが、イエス様は死でも終わらなかった。永遠者が肉体を取って人 間となられ、死の世界にまで行かれたが、死の力を爆破するように撃滅して、死人の中 からよみがえられた。このお方を信じることが、人生の目的と意味を知ることだと、バ イブルは言う。神を知らない人でも、目的を持つ。例えば・・。その終わりは‥・。しかし 永遠の神を知り、神と接点を持ち、接触を持つことで、私たちは人生の目的を明白にで きるのである。それゆえ人間は、永遠者とかかわりを持たねばならない。 【2】 すべてのことを知っておられるイエス 「苦しみ」とは激しい苦しみを意味し、この世からの圧力や迫害を受けることを指す。 主は、キリスト者は世にあってはかん難があると言われた。「貧しさ」とは、まったくの 無一文を意味する。当時のキリスト者の多くは貧困層に属していた。さらに異教の暴徒 たちが、しばしばクリスチャン家庭を略奪して歩いたと言われている。イエス様は「苦 しみ」と「貧しさ」の信者を知っておられる。しかし彼らは、「実際に富んでいる」者だ った。なぜなら、キリスト者は経済的には貧しくても、霊的には、キリストによって富 む者とされるからである「貧しいようでも、多くの人を富ませ、何も持たないようでも、 すべてのものを持っています。」(Uコリント6:10)。また彼らは、同族からののしら れていた。さらに自称ユダヤ人であるサタンの会衆(神と神の民に敵対する会衆)からの ののしり、迫害を受けていた。赤の他人が自分たちを迫害するならば忍耐もある。しか し、同族、血族からの裏切り、そしり、ののしり、訴えは、どんなにつらいことであろ うか。しかしイエス様は、スミルナ教会の人々に対して、一切のことを「知っている」 と言われた。私たちは、誰に知られたら最善なのだろうか。 【3】 死に至るまで忠実であれ イエス様は、悪魔に勝利し、神様とともに歩み、私たちを支え、守り、導き、助けて くださるお方であられる。だから、一生涯忠実に主イエスに従い続けようではないか。 最初はどんなに熱心であっても、デマスのように途中でこの世を愛して主から離れ、ヒ メナオやアレキサンデルのように信仰が難破しないように!ローマ8:35〜39、I テモテ1:18のように、勇敢に戦い、圧倒的な勝利者となろう。あなたの全生涯をす べて見ておられる神の御前であなたが散るべきことは、%、死に至るまで忠実なれ ということである。 <結び> @生涯忠実である者には、いのちの冠が与えられる。 A生涯忠実である者には、第2の死がない勝利の約束がある. |