礼拝メモ

2010年3月28日   『主が私たちに望まれること』
ルカ22章14節〜34節

はじめに
きょうから、受難週が始まる。これは、主イエスさまが、十字架に向かって進まれ、苦しみ をお受けになった過のこと。主のご受難の日々とご復活のみことばを味わう中で、この礼拝 のために、ルカ22章からメッセージをいただいた。この箇所は、受難週の第5日、木曜日、 「最後の晩餐」の記事にあたり、十字架の前夜の出来事である。
15節の「望んでいた」という主のお言葉が心に留まった。今朝は、「主が私たちに望んで おられること」について知らせていただきたい。
【1】主と繋がること(15〜19節)
@晩餐の意味
主は、パンを裂くことと、ぶどう酒を飲むことに、特別な重大性を示され、過越しの 祭りの食事と、この最後の晩餐が、どのように関連しているのかについて教えられた。
主は、裂かれたパンと注がれたぶどう酒を用いて、蹟いの礼典的意味を確立された。
パウロはこの情景を表現して、聖餐は、記念としてだけでなく、再び主が来られる時 に至るまでの希望の架け橋のようであることを述べている。→Iコリント11:26
この日、聖餐のテーブルが主によって、開かれ制定されたと言える。
◎生命的な主との関係
このような深い意味を持つこの食卓に、弟子たちとともに付くことを主は切望された。
「望んでいた」(15節)・‥文語訳「望みに望みたり」・元訳「大いに願えり」
原語では非常に強い意味を持つ
→(ヨハネ6:56)主は、やがて、ご自身が完成される嫌いの恵みに与る者が、
主との生命的な関係に入ることを望み、この席についておられたのだろう。
【2】信仰によって立ち直ること(31〜33節)
主は、厳しい裁きの言葉ではなく、この上ない愛をもってペテロを顧み、彼のために 祈られたといこと、また、彼に対する期待を前向きに表明しておられる。主は彼の内 に恵みによる可能性を見出し、彼が再び信仰に堅く立ち直ることを確信しておられた。
【3】使命に生きること(31節)
立ち直った者に、主は使命を与えてくださる。
それは「兄弟たちを力づける」という大切な使命。
主は二ペテ盲が必ず丁立ち直る子だけでなく、周囲の人たちを力づける者となる姿を 見通して、彼にこの使命を与えておられる。
この使命と励ましは、すべてのクリスチャンに与えられているものと言えるだろう。
おわりに
主といのちの繋がりを持ち、主によって立ち、主からの使命に生きることを、主は、一人一人に 望んでいてくださる。この受難週、主からの豊かな語りかけをいただき、そのお声に応えて進ま せていただこう。