礼拝メモ

2010年3月7日   『まことのいのち、豊かないのち、永遠のいのちを』
(ヨハネ3:15,16、10:10、11:25,26、14:6、ルカ12:15,20,21、マタイ16:24〜26)

はじめに
◎英語のライフは、分脈で「いのち・生命・人生」と訳せる意味深い言葉。
「人間・いのち」をめぐり、二つの考えさせられる言葉=(1)「一人の人 (のいのち〉は、かけがえのないほど尊い、重い」/(2)「人間とは生きる意 味を問う唯一の生き物」(Aハックスレート=両方共、一般的に受け入れ られる。しかし−(1)には「本当にそうなっているのか?」と問わずにい られない事実、(2)ついては「『私』の生きる意味は?/居てもしょうがな い存在ではないのか?」という心の叫びが大変多いという現実がある。
◎厳しい悲しい事が多すぎ、例証し切れないが−・種々の家族開係で/学 校・職場・近隣社会で/未知の人の間で/国家・民族レベルでなど異なっ た処で「一人の人、いのち」軽視・無視されて、死・殺傷・DV・いじめな どがあり/・高齢者・難病者・経済の諸問題、社会・自然界からの問題も もある/・「自分」のいのちについても、残念な事件が多発している。
◎もう一つ深刻な問題−(1)と(2)について、一般的、常識的に受容されてい るが、「その根拠・確信は何か」についてのこと。子供からの問いに、答 え切れない親・教師・大人は少なくない。/では悲観的な現実の中で「聖 書・キリスト教会には、どんな答えがあるのか?」《それが今日の主題》
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I.一つのいのちの尊さ・大切さをめぐって
A.何にもかえがたく、かけがえのないものと主張する土台とは?
@各自が、神の創造により「いのち/神の像」を与えられた尊い存在
A(柏木哲夫医師による)「「いのち」と「生命」の違いに注目
B.その特色・強調点は何か?
@消極面から
『全世界を得ても、まことのいのち=自分自身を損なえば』⇒マタイ16
『人のいのちは、所有の豊かさにあるのではない』ルカ12
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A積極面から
=この世で(肉体的意味で所有している)いのち以上のものであり、 勝手に生きているのでなく神に生かされ、与えられているいのち。
・『まことのいのち/豊かな=/永遠の=』と呼ぼる実質をもつもの ⇒マタイ16:26/ヨハネ10:10b/ヨハネ3:16)これらの表現は=
・『まことやいのち』対「嘘」なく、本流・本来的な生き方をする
『豊かないのち』数々の試練や困難の中でも神の豊かさに支えられ る/「神に生かされている」との自覚で、感謝をもって/他の人 々に愛をもって尽くす、こうした生き方
『『永遠の=』無限の時間というのでなく、永遠的世界に生きる存 在とされる質的変化。さらに変貌しつつ、永遠的希望に生きる。
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U.そのような「いのち」を経験する
A.【開始】=新生により、このいのちを経験する−
@実体は、人が誕生時に与えられる「自然的ないのち」に加え、後に 「新しく/上=神から与えらるもの」で新しい内的・霊的ないのち
◎経験の道は、・罪=自己中心な生き方から方向転換(ギ語⇒メタノイア)、 悔改めをして/・キリストの十字架による救いの信仰に立つ事である。
B.【継続・成長】=御言葉/信仰生活による
@この「いのち」は、新生では開始されたばかり、今後の成長への道
A信仰・主と御言葉への信頼に立ち続け、示される信仰生活に生きる
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おわりに
◎お互いの人生において、今生きている、否生かされていること、そし て単なる生命体でなく、ここで言われる「いのち」に思いを向けたい。
「メメント・モリ」という言葉も覚えての、生き方をしたい。
◎キリストの宣言と向き合い、出会いの経験をと祈る一「『わたし』は、 よみがえりだ、いのちだ」=わたしが「いのちそのものだ」と人格の 根源に迫る宣言がある。さらに「信じるか?」とも。
◎多くの異なった立場の人々が、幸いな経験をしている、あなたもどこ かで、思い切って真っ正面からの出会いと踏み出しをと切に祈る。