| 2010年2月28日 『わたしが足を洗ったのですから、あなたがたも』 |
| (ヨハネ13章1節〜17節、34節) はじめに ◎この教会が、今日、2月第4聖日を迎え、特に思うこと ⇒月報1面参照 =教会総会を経て、今年の歩みの開始/3月8日から年会が開催される/ 今年の標語聖句【愛の成長】(エペ3:19)を常に念頭に置こう= ◎これらを踏まえて、聖日礼拝講壇は ・14日:Iコリント13章から、そして「愛を追い求めよ」の締括り ・21日: ・そして今朝、主の模範を想いつつ、「愛をもって互いに仕える」を主題に ◎文脈:主の地上最後の1過=受難週中、十字架の前夜、弟子との最後の時 を過ごされるため、喧噪から離れた備えの部屋での最後の食事の時のこと。 ★。.::。.::・'゚☆。.::・'゚★。.::。.::・'゚★。.::。.::・'゚☆。.::・'゚★。.::。 I.主のなさったこと A.主の行動の背景・状況 @主と弟子たちで、最後の集まりの場・備えられた知人の部屋へ出かける。 B到着時、埃多い道を歩いて汚れた足を通常は、奴隷・僕が洗うのだが、 この場合、隔離された場なので、弟子の一人がなすべきであり、最低、 主の御足を洗うべきなのに、だれ一人、立ち上がるものがいなかった。 B.主の行動の内容 @その行動の根底にあったもの− ・主の自覚=万権の掌握(3)/時の到来一父のみもとに行くこと(1)(3) ・主の愛=徹底した愛一極限まで・最後までの両方 B主の行動(4)と(5)と、それらが示すもの− ・最初に=主は立ち上がり、上着を脱ぎ、タオルをとり、腰にまとわれた。 次に=壺に水を入れ、弟子の足を洗い、腰のタオルで拭き始められた。 ・これらが示しているのは =徹底した[謙卑]人類への愛と救いのための受肉の主の集約(ピリ2:6〜8) =徹底した[愛]直後に主を拒むペテロ・裏切りに走るユダ・主の足さえ 洗わない尊大な弟子・・一つずつ、愛をこめ丁寧に主は足を拭かれた B弟子たちの思い・反応に対する主の行動と行動 ・ペテロのあわてぶり=両極端に現れた「拭かないで」と「全身を」 ・(御言葉に直接の記述はないが〉ユダは、弟子は、どんな思いだったか。 ・主のお言葉=洗足と主との関係/洗足と全身のきよめ/ユダの姿の指摘 ★。.::。.::・'゚☆。.::・'゚★。.::。.::・'゚★。.::。.::・'゚☆。.::・'゚★。.::。 U.主の教え=その行動の意味 終わって、着衣し、席に着かれた主の、厳粛な教え A.主の宣言 @主のこの行動を理解できるか−(7)(12)=後日、理解できることも多い A主が師であり、主であることの認識があるか(13)(14) B.主の勧告 @(師・主なる御方の)主の模範に倣うように(14)(15) A具体的な実践一互いに足を洗い合う=互いに愛し合う(14)(15)/(34) B弁えて、行うように(17) ★。.::。.::・'゚☆。.::・'゚★。.::。.::・'゚★。.::。.::・'゚☆。.::・'゚★。.::。 おわりに 1)主が私(弟子の姿に重ねて)に示された、最深の謙卑と愛を覚えよう。 ピリ2:6〜8をも想いつつ。 2)主は模範を私に示され、そう生きるよう求めておられることを覚えよう。 この群れの中で、実際に置かれている教会・社会の状況下で、実践者と なれるよう、主を仰いで進もう。 |