| 2009年12月27日 『恵みによる締め括り、恵みによる備え』 |
| Tコリント15章3節〜10節、Uコリント8章9節 はじめに ◎今年の最終聖日、聖餐式礼拝の朝、御前に静まり、公私ともにこの一年、過 ぎにし日々を顧み、新しい年を展望する恵みの朝となるよう祈ります。 当教会と、教会に関わる私たちにとって大きな変化を経験した年でした。 ⇒<1月号月報の第1面の要点紹介> ◎これらの霊想とともに、締め括りとしての今日の聖句に留意しましょう。 ★。.::。.::・'゚☆。.::・'゚★。.::。.::・'゚★。.::。.::・'゚☆。.::・'゚★。 この手紙には、コリント教会の開拓・創設者パウロが、コリント教会に生じた種々 の問題を案じて、大切な霊的・実際的な原理を、再強謁した部分が多くあります。 この15章は復活の章と呼ばれ、福音の真髄・教会の土台軋キリストの十字架と 復活にあること、我らの希望もそこにあることを明示しています。 主は、復活の事実を弟子・使徒たちに示され、かつての迫害者パウロにさえも示されたので、彼は ほとばしる出る感恩の思いを止めることが出来なかったのです(10節) I.すべて恩寵−過去を顧みて (10) A.中心聖句を味わう、パウロにとって 『ところが』=自らの過去を顧みるなら、恵みの対象に絶対になりえない者 『神の恵み』=にもかかわず、否それだからこそ、注がれるのが神の恵み、 特に聖誕の事実から思い巡らす=主のどれほどの富・貧しさか(Uコリント8:9) 『今の私』=赦されてる、生かされている、主にお仕えしている「今の私」 B.そして私たちも、今に至るまでと今年を顧みて一 何があったかと「過去」と「今」を繋ぐ−どれほど罪深い存在か、主を 悲しませ、苦しませた存在か/どれほどか弱い、小さい存在か‥などを 考えるなら、今生かされている恩寵はどれほど深く、偉大なことか ★。.::。.::・'゚☆。.::・'゚★。.::。.::・'゚★。.::。.::・'゚☆。.::・'゚★。 U.すべて恩寵−その恩寵経験の結果 A.中心聖句を味わう、パウロにとって 『神の恵みはむだにはならず、私は…・多く働きました/私にある神の恵み です』−◎恵みは「過去」を味わい、感謝しているだけでなく、「将来」 の行動に移させるもの=『働いた』と/◎しかし彼の功績ではなく、すべ てそれも恵み、恵みが前進の原動力であると。 B.そして私たちも、これからと新年に思いを向ける パウロの『他の人よりも多く』は、全く隔たった告白であるが、私たちも 恩寵を原動力に、行動しよう、踏み出そう。 ★。.::。.::・'゚☆。.::・'゚★。.::。.::・'゚★。.::。.::・'゚☆。.::・'゚★。 おわりに−下記の詩をも味わいながら ◎主の聖餐の御言葉にも、過去と将来の要素がある。その思いで主に近づこう。 ★。.::。.::・'゚☆。.::・'゚★。.::。.::・'゚★。.::。.::・'゚☆。.::・'゚★。 主のよき力に守られて デートリッヒ・ボンへッファー(’44年作、翌年4月没) 主のよき力に、確かに、静かに、取り囲まれ、 不思議にも守られ、慰められて、 私はここでの日々を君たちと共に生き、 看たちとともに新年を迎えようとしています。 過ぎ去ろうとしている時は、私の心をなおも悩まし、 要夢のような日々の重荷は、私たちをなおも圧し続けています。 ああ主よ、このおびえおののく魂に、 あなたが備えている救いを与えてください。 あなたが、もし、私たちに、苦い杯を、苦渋にあふれる杯を、 なみなみとついで、差し出すなら、 私たちはそれを恐れず、感謝して、 いつくしみと愛に満ちたあなたの手から受けましょう。 しかし、もし、あなたが、私たちにもう一度喜びを、 この世と、まぶしいばかりに輝く太陽に対する喜びを与えてくださるなら、 私たちは過ぎ去った日々のことをすべて思い起こしましょう。 私たちのこの世の生のすべては、あなたのものです。 あなたがこの闇の中にもたらしたろうそくを、 どうか今こそ、暖かく静かに燃やしてください。 そしてできるなら、引き裂かれた私たちをもう一度緒び合わせてください。 あなたの光が夜の闇の中でこそ輝くことを、私たちは知っています。 深い静けさが私たちを包んでいる今、この時に、 私たちに聞かせてください。 私たちの周りに広がる、目に見えない世界のあふれるばかりの音の響きを、 あなたのすべての子供たちが高らかにうたう讃美の歌声を。 主のよき力に不思議にも守られて、 私たちは来たるべきものを安らかに待ち受けます。 神は、朝に、夕に、私たちと共にいるでしょう。 そして私たちが迎える新しい日々にも、神は必ず私たちと共にいるでしょう。 (村椿嘉信訳) |