『プロテスタント宣教150年を迎えて』



−聖化と宣教の年−

【聖句】
『愛する人々。私はあなたがたに、私たちがともに受けている救いについて
 手紙を書こうとして、あらゆる努力をしていましたが、
 聖徒にひとたび伝えられた信仰のために戦うよう、
 あなたがたに勧める手紙を書く必要が生じました』
                (ユダの手紙3節)

1859年6月、長崎、横浜、函館の3港が世界に向かって開港した。
これに伴い、米国本土から4人の宣教師掛来航している。
日米修好通商条約第8条は、居留地内におけるキリスト教信仰の自由を定めていた。
同年10月には宣教医師ヘボン、11月にはシモンズ、ブラウン、
フルベッキ、女性宣教師ギターが来航、そして25年後には宣教師の数は300人を越えた。
こうしてプロテスタントは知識層に入り、社会事業、音楽、文学、
教育、医療・福祉、自由民権運動など様々な分野で日本の近代化に貢献した。

やがて日本は戦争を重ねていくうちに、天皇すなわち「現人神」を奉るに至った。
150年の歴史の中で最大の出来事は、1941年にすべての教派を合同して設立された
日本基督教団が、太平洋戦争遂行のために国策協力団体となったことである。
その中でメソジストの流れをくむホーリネス団体は、
戦前の治安維持法の適用を受け、弾圧された。
そして多くの牧師たちが逮捕され、投獄され獄死する者も出た。

戦後の1959年、宣教100年を記念して「聖書信仰同盟(JPC)」運動が開始され、
1968年には日本福音同盟(JEA)が設立された。
いわゆる日本の福音派は成長を遂げ、伝道と社会的責任を意識するに至った。
現在日本のプロテスタント人口は70万人(人口比0.6%)で、教勢の停滞が言われている。
ただ私は、今も神様のあわれみの中で歩んでいるのではないかと思う。

記念すべき今年、1つには、宣教は働きであることを覚え、聖霊の好むような働きをしよう。
主イエス様と共に、お互いに赦しと愛をもって仕え合い、教会は「受けるよりも
与えるほうが幸いである」(使徒20:35)というビジョンを持ちたい。

2つには、150年の歴史の中で、横浜、熊本、札幌の各バンドのように、
使徒の働きにより日本宣教がもたらされたことを再認識し、牧師と共に信徒方も
牧会伝道に向かいたい。初代教会も、ピリボ、ステパノなど多くのクリスチャンたちが
喜びと真心を共にし、神を賛美して、日ごとに救われる人々を起したのである。

3つ目には、将来性のある子供たち、青年たちに、多少失敗しても良いぐらいの度量で信頼し、
任せていくことが大切だと思う。
願わくは、私にとっても意義深い記念の年にしたい。

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