『心の目の開眼と心の変革』



−宣教と聖化の年−
『元旦礼拝』
【聖句】
『あなたがたの心の目がはっきり見えるようになって、
 神の召しによって与えられを望みがどのようなものか、
 聖徒の受け継ぐものがどのように栄光に富んだものか、
 …私たち信じる者に働く神のすぐれた力がどのように偉大なものであるかを、
 あなたがたが知ることができますように。』
                    (エペソ1章18・19節)
『年頭礼拝』
【聖句】
『この世と調子を合わせてはいけません。・・神のみこころは何か、
 すなわち、何が良いことで、神に受け入れられ、完全であるのかを
 わきまえ知るために、心の一新によって自分を変えなさい』
                    (ローマ12章2節)


2008年度は『宣教と聖化の年』として出立した。
5月には第4回徳島宣教大会(講師・中川健二師)
6月には第1回四国聖化大会(講師・竿代照夫師)が開催される。
加えて2009年は、日本プロテスタント宣教150周年を迎える記念の年であり、
第5回日本伝道会議(会場・北海道)が計画されている。今年はその準備の年になる!
さて、私たちは現代をどのように見ているだろうか。
まことに現代は、混乱、失望、悲観、憎悪、虚偽の時代の中にある。
地球規模で迫る温暖化、食料・水不足の前兆など、ヨハネの黙示録が留意される時代である。
こうした時代を思うとき神のご計画の中にイエス・キリストを体験しイエスの福音を宣べ伝え
最後は殉教の死を遂げて天に凱旋したパウロを思い起こす。
クリスチャンはパウロのメッセージを心に留めなければならない。

(1)心の日が開かれ、霊の目に!

私たちクリスチャンは、真のクリスチャンとして、にせものの平安を、
また進歩発展する底にひそむ自己満足の信仰虚像を見すえなければならない。
例えばエレミヤは、「平安がないのに、『平安だ、平安だ。』と言っている(エレミヤ6章14節)と、
偽りの平安を直視していた。またパウロは、「肉の欲望を満足させるしのは
自己満足で罪であるゆえ、「御霊によって歩みなさい」(ガラテヤ5章16節)と、
信仰の実像を語ったのである。
さらに真のクリスチャンは、誰にもまして、時代の罪深さを直視し、
直言する者でなければならない。そうであるからこそ、私たちは心の目の妨げを
聖霊様によって取り除かれ、霊の目を開眼される必要がある。
パウロの勧めにあるように、神にある偉大な希望も、神から受け継ぐ栄光の富も、
御言葉通り実現に至らせる全能の力があってこそ保証され、現実的なものとなる。
それは、実に「神のすぐれた力」なのだ。そして霊の目は、「真にすぐれたものを
見分けることができるように」なり、最も重要なことと、そうでないこととを
見分ける価値観を有するようになる。こうなってくれば、”良い”、”より良い”、
”最も良い”の選択の中で、”最も良い”を必然的に選ぶようになるだろう。アーメン。

(2)心の変革

「霊的礼拝」とは、神に真実の献身を表す大切な信仰行為である。
パウロは、「神に受け入れられる「聖い」「生きた」供え物として神にささげることを勧めた。
真実の献身こそが、真実の礼拝となり、真実の礼拝は真実のれないということだ。
神への献身と聖霊による変革は、キリストをかしらとする教会員の1人とされ、
霊的共同体の一員として、生命的・有機的なクリスチャンの交わりの中に生き、
ともに仕え、成長し、円熟を目指す条件なのである。
この1年をかけて、心の目の開眼と心の変革を!

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