『もっと祈りと賛美を、もっと聖書を・・』
【聖句】
『真夜中ごろ、パウロとシラスが神に祈りつつ賛美の歌を歌っていると、
他の囚人たちも聞き入っていた。』
使徒の働き16章25節
私ども二人が徳島教会に任命を受けて二十七年のご奉仕を終えます。
もちろん任命は一年一年の繰り返しです。過去において、
第一次五年計画とか(30周年誌をご覧下さい)、第二次とか、しかし、
計画は頓挫しているようです。今、神様に悔い改めと反省をしている次第です。
何故なら、二十五年前・私は韓国教会を訪問し、断食祈祷と徹夜祈祷の学びをし、
燃えるような心で伝道に励み、救われた兄姉と共に断食祈葦祈祷と徹夜祈祷を
させて頂きました結果、教会は霊の息吹きを見るようになり、徳島教会が
リバイバルをしたと言われました。
その恵みは、経済的に乏しい者たちでしたが、今の明るい教会が目に見える形で
建設されました。すでに天国に凱旋された兄姉も数人おられます。
彼らも含めて百人教会とか、l%/目指す教会とか、徳島宣教センターとかの
ビジョンは薄れてしまいました。主の憐れみを乞う次第です。
韓国教会訪問の時、恵まれた信徒に向って、"クリスチャン生活の勝利は
何でしょうか"と尋ねましたら、即座に、「聖書と祈祷と賛美」という答えでした。
当然と云えは当然ですが、問題はどれだけ実行し、実際的に生きているかでした。
聖書と祈祷と賛美にと三拍子揃って恵まれたクリスチャンが非常に少ないということです。
【1】もっと聖書を読もう
一回も通読しないのは論外ですが、2〜3年に一回は通読しよう。生ける神の言葉が
日々の生活に霊の糧となっている事です。
即ち、神様からの語りかけを受け取って、喜んで従うことが出来るのです。
神の霊が働いているからです。そうでないと世の霊に惑わされ、
人間の声に惑わされ、不信仰の霊に陥り不満と呟きの人となります。
もっと聖書を読もう。新聞・雑誌・テレビの時間以上に読もう。むさぼり読むこと
も大切でしょう。御言葉を自分の魂と心に貯暮畜しようではないか。
重大な転機には、神からの重大な語りかけを拝受できます。
【2】もっと祈ろう
祈祷に関する書籍は何十冊もあります。それほどお祈りは深く、広く、高く、
広大無辺で困難が伴うものです。パウンズは「人間のなし得る最高の業」と
云うように、祈りは困難なわざをパスしたのみに与えられる喜びがあり、
勝利があります。
聖句で示されることは、御言葉を握って祈れ、信仰をもって祈れ、
聖霊によって祈れ、感謝して祈れ、切実さをもって祈れ、時間をかけ継続して祈れ、
愛をもって具体的に祈れ、待望して折れと必要な時と場所で祈るよう勧告されています。
よく言われますが、一日の祈りは伝道者が三時間、信徒は一時間をもちたいもの。
勿論、短時間の合計時間です。これも自然体になりたいもの。必ず何かが変ります。
【3】もっと賛美しよう
パウロとシラスの足は鎖で縛られ、暗闇の牢獄の中で神に祈り、賛美を歌い続けて
いた。それは通常の信仰生活の表れです。クリスチャンであれば誰でも
神様が生きておられるのに、どうしてこんなに苦しいこと、嫌なこと、不条理なことが
あるのだろうかと悩むでしょう。
三浦綾子さんは「病気の問屋みたい」とご自分のことを言われました。
御存知のように次から次へと病気をなさって、治らないまま亡くなりました。
でも「人間というのはいつかは死んでいくわけだから、病気が治ることでも
神のみわざは現れるけれども、病気のまま、困難なままでも神のみわざは現れる」と、
おっしゃる。三浦さんばかりでなく、どうしてクリスチャンがガンになるのでしょうか。
良い人でも病気やガンになるのでしょうか。ヨプのように、神様がその人に信仰を
与えるために、信仰が試練を通して輝くために病気を与える事を許されたのです。
勿論、病気だけではなく、行き結まり、困難、苦難の真ん中で、光の見えない
暗欄の中で、祈りや賛美をすることは、大きな力になります。心と魂が賛美の霊、
祈りの霊に満たきれているゆえに信仰の所作として現わされるのです。
再考して見ると、信じたいのに信じられない、素直になりたいのに素直になれない、
祈りたいのに折れない、賛美したいのに賛美できない、良いことをしたいのに
できない、悪い習慣だと分かっているのに止められない。
パウロが「私のうちに住む罪です」と言うように、サタンが働いて自分の意志で
ないことをやらせるのです。要は聖霊た満たされよ!
今年はもっと聖書を読もう。もっと賛美しよう。もっと祈ろう、礼拝前賛美に
祈り会に積極的に蓼加しよう。